松江城が千鳥城と呼ばれる由来は?明治廃城令で残った理由!

 

島根県にある松江城、複合式望楼型 4重5階地下1階の天守が現存しているのは何故でしょう。

 

明治時代初頭の廃城令を免れた理由が気になりますね。

 

また、なぜ千鳥城と呼ばれているのでしょう。

 

松江城が千鳥城と呼ばれる由来と明治廃城令で残った理由について調べてみました。

 

松江城とは?国宝に指定されたのはいつ?

 

松江城は現在の島根県松江市殿町にあります。

 

 

築城されたのは、江戸時代です。

 

関ヶ原の戦いで戦功のあった堀尾忠氏(堀尾吉晴の子)が、1607年に末次城のあった亀田山に築城を開始し1611年に落成します。

 

その後1638年に信濃国松本藩より松平直政が入城するまで、堀尾家や京極家によって大切に守られてきます。

 

松平直政以降は、明治維新まで守られてきました。

 

旧国宝に指定されたのは、1935年(昭和10年)です。

 

その後は、重要文化財に指定され、昭和の後期には解体修理が行われました。

 

平成に入ってからは、本丸一ノ門と南多聞の一部・三の丸と二の丸を結ぶ廊下門(千鳥橋)・二の丸下段の北惣門橋(旧眼鏡橋)・二の丸南櫓と塀・二の丸に中櫓・太鼓櫓と塀が復元されてきました。

 

そして国宝に指定されたのは、2015年7月8日になります。

 

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松江城が千鳥城と呼ばれる由来は?

 

松江城が千鳥城と呼ばれるようになったか?

 

実は2016年4月に松江市の調査で、松江城の天守の柱には、木を差し込むことが出来る穴が残されていたことが判明していました。

 

ただ、当初は何のために穴が開いているのか分からなかったようですが、松江城の外観を描いた絵図などにより、それが破風と呼ばれる天守を飾る装飾が付けられていたのではないか考えられるようになります。

 

そんな破風には入母屋破風(いりもやはふ)、切妻破風(きりつまはふ)、千鳥破風(ちどりはふ)、唐破風(からはふ)の4種類があるのですが、松江城に施されていた装飾は、なんと千鳥破風(ちどりはふ)と言って、装飾のための破風ではないかと考えられました。

 

ちなみに千鳥破風は屋根の構造とは関係していないためどこにでもつけることができる破風なんですね、なので取っ払うことも出来るんですよ。

 

 

出雲国松江城絵図(正保城絵図)(1644~1648)や出雲国松江城之絵図 延宝2 年(1672) には、多くの千鳥破風は屋根が描かれていました。

 

なので、松江城が千鳥城と呼ばれている理由は、建築当初、天守には千鳥破風や唐破風があったからではないかとされています。

 

実は松江城は、1700年代に大修繕を行っているんです。

 

 

そのため、松江城郭図 元文3 年(1738)や松江城下絵図 元文から延享年間(1736 から1748) 以降の絵図には今と変わらない姿が描かれています。

 

なぜ、天守から千鳥破風が取り除かれたのかと言うと。

 

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松江城の千鳥破風が取り除かれた理由

 

松江城と言えば、日本海側に面していることもあり厳しい冬が訪れます。

 

また、雨風などにより木造建築なので傷みもあり、修繕を行っていかなければなりません。

 

そのため破風を設置しているところの箇所の修繕費を抑えるためではないかと考えられています。

 

松江城から千鳥破風が取り除かれた理由は、修繕費を抑えるためだったということですね。

 

確かに飾りなら、見た目だけですから不要と言えば不要ですね。

 

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明治廃城令で残った理由!

 

明治時代初頭に廃城令によって、松江城は陸軍省所管となります。

 

本来なら城内の建物は全て解体されてしまい、全て売却される予定だったですが、地元の有志によって天守閣だけは買い戻され解体を免れたそうです。

 

1875年には入札が始まり、当時の価格で180円で落札されます。

 

出雲市斐川町の豪農・勝部本右衛門栄忠(もとえもんしげただ)と景浜(かげはま)の親子が私財を投じて買い戻し、保存が決まりました。

 

ちなみに180円ですが今に換算すると120万円相当だそうです。

 

買い取った後の維持費を考えると、恐ろしいのですね。

 

ただ、勝部家親子は買い戻すことは出来ましたが、修復など手を付けることは出来ませんでした。

 

その後は、松江城を残すことに賛成した松江市民らが声を上げ、松江市が管理するようになり現在に至ります。

 

そんな松江城は戦災にも遭遇することもなく現在まで生き残っています。

 

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まとめ

 

もしも明治時代初頭に廃城令がなく、保存していたとすれば、世界遺産に登録されていたお城もあったかもしれませんね。

 

松江城の場合は勝部家親子と多くの松江市民のおかげで現代まで存続しています、

 

もちろん、松江城へ入城された歴代当主がおられたからこそ、残っているのですけどね。

 

新型コロナウイルスが落ち着いたら、是非松江城に出向いてみたいです。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

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